名古屋地方裁判所 昭和37年(行)41号 判決 1963年8月20日
原告 中尾仲次 外二名
被告 名古屋国税局長
主文
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
原告等の求める裁判及びその請求原因は別紙添付の訴状記載のとおりであり、被告の求める裁判及びその主張は別紙添付答弁書記載のとおりであり、之に対する原告等の主張は別紙準備書面記載の通りである。
理由
原告等の主張する請求原因の要旨は「被告は訴外株式会社柳ケ瀬市場の滞納国税の徴収のため、昭和三七年六月四日、右訴外会社が原告等から売買によつて取得した自己株式の売買代金額について、右訴外会社が原告等に対して有する売買無効を原因とする各返還請求権(原告中尾、同小酒井に対しては各金六〇万円、原告栗田に対しては金二〇万円)を差押え、その旨原告等に通知した。しかし原告等は前記株式の売買を右訴外会社自体との間に行つたものではなく、右訴外会社の代表者平野太三個人を買主としてなしたものであつて、右売買行為は右訴外会社の自己株式取得行為とはならないから、原告等は右訴外会社に対して株式売買無効を原因とする代金返還債務を負担するものではなく、被告は不存在の債権を差押えたことになる。よつて被告の原告等に対する前記各債権差押処分は違法の処分である」というのである。(原告等は請求の趣旨及び原因において、債権差押通知処分の違法を争うもののように述べているが、差押通知自体は一連の行為から成る一個の行政処分中の従属的部分にすぎず、それのみの取消を求めることは無意味であつて、原告の主張は要するに債権差押処分そのものの取消を求める趣旨と解すべきである)。
これに対し被告は、本案前の抗弁として、国税滞納処分としての債権差押に対し、第三債務者は債務不存在を理由としてその取消を求める法律上の利益を有せず、本訴は不適法であると主張するので、この点について判断する。
国が滞納国税の徴収のため、国税徴収法により滞納者の第三債務者に対する債権を差押えた場合、国は被差押債権の取立権を取得し、滞納者に代つて債権者の立場に立つことになるが、この場合の国と第三債務者との関係は、一般民事上の債権者対債務者の関係と何等異るものではなく、国が租税債権について有する自力執行性等、納税者に対する優越的立場は、第三債務者に対しては全く影響を及ぼさないのである。従つて第三債務者が任意に債務の履行をしない以上、国が右取立権を行使するには、民事訴訟法の定める手続に従つて、被差押債権について債務名義を得た上、一般私債権の強制執行手続を履む外なく、第三債務者は国が積極的に起す給付訴訟において、差押前から滞納者に対して有するすべての異議抗弁を国に対抗することができる。従つて被差押債権の不存在を主張する第三債務者(原告等)としては、国が差押に基き債務の履行を求めてきた時に、これを拒絶すればよく、場合によつては国を被告として債務不存在の確認を求める等の手段で有効適切に自己の権利を防禦することはできるのである。結局第三債務者は、国が取立権者となることによつて、本来の債権者である滞納者に対する立場以上に、不利益な立場に陥るおそれはないのであるから、被差押債権の不存在を理由として、差押処分または右処分を是認する審査決定の取消を求めるにつき、法律上の利益を有しないものである。(此の点につき昭和三七年六月一八日言渡大阪高裁判決参照、行政事件裁判例集第一三巻六号一一二五頁参照)
右と異なる原告等の主張は一切当裁判所の採用しないところである。
よつて本訴の原告等は、いずれも原告として本件差押処分等の取消を求める適格を欠くものという外ないので、本訴を不適法な訴として却下することとし、民事訴訟法第八九条を適用し、主文の如く判決する。
(裁判官 奥村義雄 竪山真一 山田真也)
(別紙)
訴状
請求の趣旨
被告名古屋国税局長が、訴外株式会社柳ケ瀬市場の昭和三六年度滞納処分について、昭和三七年一〇月三日原告三名になした各審査決定は、いずれもこれを取り消す。
被告名古屋国税局長が、訴外株式会社柳ケ瀬市場の滞納処分として、昭和三七年六月四日原告三名になした各債権差押通知処分はいずれもこれを取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
請求の原因
一、被告名古屋国税局長は、昭和三七年六月四日、岐阜市柳ケ瀬通り五丁目一八番地、訴外株式会社柳ケ瀬市場の法人税滞納処分として、原告三名にたいし、つぎのとおり右訴外会社の原告三名にたいして有する各債権を差押えた旨の債権差押通知処分をした。
(1) 原告中尾にたいしては、右訴外会社が原告中尾から売買によつて取得した自己株式一、二〇〇株の金額六〇万円について、右訴外会社のもつ返還請求権。
(2) 原告小酒井にたいしては、右訴外会社が原告小酒井から売買によつて取得した自己株式一、二〇〇株の金額六〇万円について、右訴外会社のもつ返還請求権。
(3) 原告栗田にたいしては、右訴外会社が原告栗田から売買によつて取得した自己株式四〇〇株の金額二〇万円について、右訴外会社のもつ返還請求権。
二、しかし、原告三名は、前記各株式を右訴外会社自体に売つた事実はまつたくなく、右訴外会社の代表者平野太三個人に売つたに過ぎないものである。したがつて、右の原告三名の各株式の売買行為は右訴外会社の自己株式の取得とはならないから、原告三名はなんら右訴外会社にたいして自己株式取得を無効原因とする株金返還債務は負担していない。したがつて、右訴外会社の自己株式の取得を前提とした原告三名にたいする前記各債権差押通知処分は違法の処分である。
三、ところが、被告名古屋国税局長は、原告三名がなした各債権差押通知処分についての審査の請求にたいし、いずれも審査の請求を棄却する旨の審査決定をした。よつて、原告三名は請求の趣旨記載の判決を求めるため本訴におよんだ。
準備書面
原告らは、被告が昭和三八年四月一六日付準備書面によつて原告らの本訴請求を不適法として却下を求める旨の主張をしたのにたいし、つぎのとおり反論する。
一、まず、被告は債権差押通知の違法を行政事件訴訟によつて争うことはできないと主張するから、この点について述べる。行政事件訴訟法は、本件のごとき「処分の取消しの訴え」とは行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為の取消しを求める訴訟と定義し(同法三条二項)、旧行政事件訴訟特例法と異り、広く国民の権利救済のため出訴の途を開いているのであるが、ここに公権力の行使に当たる行為とは、行政法上の法律的行為あるいは準法律的行為たる性質をもついわゆる行政処分にとどまらず、行政庁が一方的に行う事実行為的処分で相手方の権利自由の侵害の可能性をもつものをもいうのであつて、かような可能性をもついわゆる通知行為もこれに含まれるのである(法曹時報一五巻三号三八頁、杉本良吉、行政事件訴訟法解説参照)。ところで、債権差押は、第三債務者にたいする債権差押通知書の送達により行うのであるが(国税徴収法六二条一項)、債権差押通知書の送達すなわち債権差押の通知は、被告主張のごとく単に債権差押処分の一手段にとどまらず、まさに債権差押処分そのものともいうべきものであつて、これにより債権差押の効力が生ずるから、不存在の債権についてなされた差押通知処分は、当然債務者の権利侵害の可能性をもつにいたり、したがつて、その通知処分も前記「処分の取消しの訴え」の定義からして、取消訴訟の対象となりうるのである。
二、また、被告は被差押債権の不存在等の実体法上の抗弁の存在はなんら差押処分を違法ならしめるものではないから債権差押処分の違法を争うことはできないとする。しかし、不存在の債権についてなされた債権差押処分は、それが取消されるにいたるまでは、その処分の効力が存続することはともかく、かかる処分が違法の処分であるゆえにこれが取消さるべきことは明らかである。(東京地裁判決昭和二七年一月一八日参照)。すなわち、いつたん差押処分があつた以上その処分が有効で効力をもつものであるが、それが不存在の債権につきなされた差押処分のゆえに、その処分が瑕疵をおび違法の処分となるから、それは、まさしく取消の対象となるのである。
三、さらに、被告は不存在の債権につき債権差押処分を受けても、第三債務者の地位は保障されているから、債権差押処分の違法を争うことはできないとする。
なるほど、第三債務者は、国が被差押債権について債務名義をうるため提起する訴訟で争い、また国にたいし、債務不存在確認等の訴訟を提起できる。しかし、これらは、いずれも第三債務者の地位を十分に保障するものではない。けだし、国が提起する訴訟で争うことは、それ自体受動的なもので、いつ違法な差押の効力を除去されるのかその保障がないから権利保護に十分でなく、また、第三債務者の提起する債務不存在確認訴訟では、かりに債権不存在の事実が確認されても、当然に債権差押処分の取消の効力を生ずるものではないから、これまた、権利保護に十分でない。
以上のとおり、被告が原告らの本訴請求を不適法とする理由には承諾しがたい。
答弁書
本案前の答弁
申立
本件訴を却下する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
との判決を求める。
理由
原告等の請求は、被告が訴外株式会社柳ケ瀬市場の滞納国税徴収のため昭和三七年六月四日同会社が原告等に自己株式取得代金として支払つた金額の返還請求権を差し押え、その旨原告等に債権差押通知書を送達したことに対し、原告等はいずれも訴外会社株式を同会社に売つたのではないから自己株式取得を無効原因として訴外会社に代金返還債務を負担するものではない。よつて、被告の右差押通知処分は違法であるから、その取消しを求めるとともに、原告等が右趣旨でもつてなした審査請求が被告によつて棄却されたことは不服であるから、その審査決定の取消しを求めるというのであるが、第三債務者に当る原告等がかかる事由を主張して差押処分の違法を主張することは次の理由からして許されないのである。
債権差押は、滞納者に対し差押調書の謄本を送達するとともに第三債務者に対しては国税徴収法第六二条の規定によつて債権差押通知書を送達する行為によつてなされる処分であるが、債権差押通知そのものは一連した行為の連鎖によつて構成される債権差押処分の一手段ともいうべきものであつて、該通知だけをとらえて単一な行政処分と考えその違法を行政事件訴訟によつて争うことは当を得ない。
そこで、原告等の主張は帰するところ債権差押処分の違法を争う趣旨と思料されるが、そうだとすれば、その差押の違法がある場合には国税徴収法第一六六条の「滞納処分に異議ある者」として再調査、審査、抗告訴訟の方法によつてその取消しを求めることができる。しかしながら、ここに「差押に違法がある場合」というのは、滞納処分手続そのものに違法がある場合を指すのであつて、被差押債権の不成立、差押前の弁済、債権譲渡、相殺等第三債務者が滞納者に対して有していた実体法上の抗弁の存在は何等差押処分を違法ならしめるものではなく、また債権の実体的存否はその処分の効力を左右するものでもない。これは、私法上の債権に基づく強制執行の場合も同様であるが、国税徴収法でもその執行機関が実体的権利関係の判定という判断を要求しているものとは考えられないからである。しかも、このことは第三債務者に対しなんら不利益を与えるものではない。即ち、国が第三債務者に対し債務の履行を求めた場合、第三債務者が任意に応じなければ、国は被差押債権について債務名義を得た上で一般の私債権と異なることのない強制執行の手続を履まなければならないのであつて一方第三債務者は、差押前から滞納者に対し有しているすべての異議抗弁をもつて国に対し対抗することができるのであり、更に第三債務者はすすんで債務不存在確認等の訴を提起することにより、救済を求めることもできるのであるから第三債務者の地位は十分保障されているものといえる。
されば、原告等の主張は差押えの目的たる権利の存否という実体法上の問題に属し差押処分の違法とは全く次元を異にした別個の問題であり、それ故被差押債権の不存在を主張する原告等は、これを理由として債権差押処分または右処分を是認する審査決定の取消を訴求する利益はなく、かような訴は、訴の利益を欠く不適法な訴といわなければならない。